【福岡県】蔵本ウイメンズクリニック 看護師インタビュー vol.3

· 看護師インタビュー

 

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今回は不妊治療を専門とする福岡にある蔵本ウイメンズクリニックの副院長であり、不妊症看護のスペシャリストである村上さんにお話を伺いました。

助産師をされていた村上さんが不妊治療の領域に進まれたきっかけから不妊症看護認定看護師の資格を取得するまでの経緯、不妊治療における認定看護師の役割、保険適用後の治療や患者さんの変化などについて教えていただきました。これから不妊治療を始められる患者さんや不妊治療を検討している方への大切なメッセージもいただきましたので、ぜひご参考にしてみてください。

 

不妊看護の先駆者として不妊治療の領域へ

―まず初めに、村上様が不妊治療の領域に進まれたきっかけについて教えてください。

私はもともと助産師で、下関の済生会病院に勤務をして300症例ぐらい赤ちゃんを取り上げました。NICU(新生児集中治療室)という周産期母子センターが併設され、500グラムぐらいの低体重の赤ちゃんがたくさん生まれるような施設でした。その分娩室の片隅でひっそりと行われていのが体外受精の採卵でした。

日本で初めて体外受精が成功した1983年からまだ10年ほどのことでしたので、不妊治療についての知識もなく、自分の施設で体外受精が行われているということも知りませんでした。

ただ寂しそうに処置を受けられている女性を見て、一体どんな治療をしているのだろうと思っていました。今でこそ不妊の知識をもった看護師や公認心理士、ピアカウンセラーなどのサポートがありますが、当時は医師と患者さんだけで治療が進められていました。助産師として分娩介助をする人はたくさんいますが、支援を必要としている不妊症の方をサポートできる人はあまりいませんでした。不妊の患者さんのために自分に何かできることはないかと考え始めていたころ、同じ下関済生会病院に勤務し体外受精を行っていた現在の勤務施設の蔵本武志院長からお声をかけていただき、この不妊治療の領域に入ることになりました。


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―不妊症看護認定看護師の資格を取得されようと思うに至るまで、どのような経緯があったのでしょうか。

きちんとした知識をもって患者さんと向き合いたいと思ったのが、資格を取得するに至ったひとつの理由でした。蔵本ウイメンズクリニックで働き始めた当初は、まだ「不妊症看護」や「生殖看護」という概念がなく、不妊治療とは何かも分かりませんでしたので、院長から知識を教わったり、国内学会や国際学会の講演を聞いて学んだりしました。

また、患者さんをケアするためには心理学の知識が必要と考え、九州大学の科目履修で心理学の講義を受けたりと、不妊症の看護に必要なことを自分なりに考えながら勉強しました。アメリカとイギリスにある体外受精専門の施設で不妊症看護の研修も受けました。その後、不妊の患者さんをきちんと支援するためには不妊症看護認定看護師の教育課程を履修することが必要と考え、資格を取得することになりました。


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ご夫婦の選択を支援することが認定看護師の役割

―村上様が考えられる不妊治療の現場における認定看護師の役割とは、どのようなものでしょうか?

 まずひとつは、不妊治療を受けられる患者さんの不安やストレスを軽減できるように環境を整えることだと思います。不妊治療はほかの医療と違って、この治療をすれば6割、7割治療が成功するわけではありません。患者様の年齢や背景によって治療経過や妊娠確率は様々です。

その数値をどのように捉えるかはそれぞれのご夫婦次第で、例えば1%であっても、そこに価値を見出せられれば治療にチャレンジされることもありますし、若い方でもう少し治療をすればもしかしたら結果が出るかもしれないと思うときであっても、1、2回でやめていかれる方もいます。どのような選択をしてどのような結果になっても、ご夫婦にとって最良の選択だったと思えるような支援をしていくことが認定看護師としての役割だと考えています。

また、認定看護師は、ジェネラリストである看護師の看護の質を高めていくための指導的な役割も持っています。きちんとした看護ケアや看護技術提供ができているかモニタリングして看護全体の指導を行うことも大切な仕事です。

 

―認定看護師の視点から、患者さんにどのような治療・サポートを提供したいと考えられていますか?

 できるだけ体に負担をかけず、経済的にも時間的にも負担のかからない自然に近い形で妊娠していただきたいと思っています。ただ、それぞれの治療には限界がありますので、ある程度の時期がくればステップアップしていかなければなりませんし、不妊の原因によっては最初から高度な治療に進まなければならないときもあります。
そうしたことを患者さんご自身がしっかりと理解をして治療に臨めるようにサポートしてきたいと考えています。また、チーム医療として、専門性を持った人たちとともに、さまざまなサポートを提供しています。

例えば、心の問題であれば、毎週定期的に公認心理士のカウンセリングを受けていただいたり、仕事と不妊治療の両立で悩んでいる方には、看護師の行う両立相談外来を利用して頂いたり、専門団体のピアサポーターの方に来ていただいて、同じ悩みを抱えている方たちと話し合うセッションを設けたり、フードプランナーによる栄養講座などを開催したりしています。ここ数年はコロナの影響で実施できていませんでしたが、待ち時間を利用して、体内循環をよくするためのツボ押しの指導を鍼灸の先生に行って頂いたり、気功教室も開催していました。


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保険適用により、経済的な負担とともに精神的な負担も軽減

―昨年4月から保険適用が始まりました。外来や患者さんに変化はありましたか?
 保険適用になるまでは経済的な負担で治療を受けられなかった比較的若い世代の人たちが治療を受けられるようになりました。院内では、平均年齢が1歳ほど下がったというデータがあります。新患さんは、ものすごく増えたわけではありませんが、高度生殖補助医療ART)にステップアップする方が全体で2割ほど増えました

私どもの施設では、保険適用になったことでどのような効果があったのかを知るために、アンケート調査を行いました。その結果、よかった点として、やはり経済的な負担が軽減したというのがトップでしたが、その副次的な効果として、これまで高額な治療費だったので仕事をがんばらなければいけないと思っていたところが、少し気持ちが楽になったり、保険になったことで高額な治療にチャレンジできたり、妊娠できなかったときに高額な治療費を払っていたときと比べて精神的なショックが軽減されたといった効果があることが分かりました。保険適用というのは、経済的な負担の軽減とともに、精神的な負担も和らげる効果があるのだと感じました。

 

―治療に関してはいかがでしょうか?保険適用による回数制限や年齢制限によって、相談を受けることが増えたり、ケアが必要と感じることはありますか?

 自費診療のときは、よいと思えば様々な薬を使ったり、オプション検査の追加などが自由にできましたが、保険診療になったことで治療が標準化され、薬の用量から胚移植の回数などが決まってきますし、これまでよいと思ってきて提供してきた治療法ができなくなったものもあります。

こうした利便性が下がったことはたしかですが、見通しのない状態で、何十回も治療を続けることが果たしてその人の人生にとってよいことなのかどうかという思いもあります。今までは女性だけが頑張って通院し、ご主人は蚊帳の外だったのが、今はご夫婦で治療計画を立てなければならなくなったことで、最初から二人で治療に向き合うことができるようになりました。あらかじめ回数が分かっている中で、これを基準にどこまで治療をやっていくのかを話し合うことができます。始めをきちんとすれば、終わりもきちんと決めることができます。そういう意味では、回数制限は必ずしも悪いことばかりではないのかもしれません

一方で、43歳以上の方や、すでに6回胚移植をされている方は全額自費になりますし、保険適用を受けられない方への配慮は必要だと感じます。エリアによっては自治体の助成金が継続しているところもあったり、企業の福利厚生で助成をしてもらえる場合もありますので、患者さんご自身で情報を収集したり、そうした必要な情報を発信する仕組みがあるとよいと思います。


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不妊治療は人生を決める大事な選択

―最後になりますが、患者さんに向けてひとことメッセージをお願いします。

 不妊治療は妊娠に向けた治療を行うというだけではなく、ご夫婦としてどのような人生を選択するのかということにつながっていきます。不妊治療はお二人の人生の延長線上にあるものです。どのような結果であっても、これがお二人にとって最良の選択だったと思えるように、ぜひご夫婦でしっかりと話し合っていただき、私たち医療従事者を巻き込みながら、自分らしい治療を選択していただければと思います。

 

―不妊治療における認定看護師の役割と、その存在がいかに重要なのかを教えていただきました。本日は貴重なお話をありがとうございました。