【広島県】県立広島病院 生殖医療科 医師インタビュー vol.11
【広島県】県立広島病院 生殖医療科 医師インタビュー vol.11
広島市南区に位置する県立広島病院。総合周産期母子医療センターにも指定される広島県が運営する県立病院で、生殖医療科では年間400件近い体外受精・胚移植と約100件の生殖外科手術を行っています。本日は生殖医療専門医である原鐵晃先生にお話をお伺いしました。
卵子について理解したうえでライフプランを考える大切さ
―産婦人科医を選ばれた理由と、そこから生殖医療に進まれた経緯について教えてください。
これは私の個人的な性分によるものですが、生まれてくる命の根源に興味があったことと、写真で見る卵子や受精卵の美しさに魅了されました。私が卒業したころは、日本に体外受精はありませんでした。
もともとは周産期を専門としていましたが、出産前の妊娠が成立する時期のことにも興味がありましたので、前職の広島大学病院では周産母子センターで周産期と生殖医療の両方を掛けもちしていました私は2000年ごろから体外受精を始め、2007年に県立広島病院に勤務になったことを契機に生殖医療の専任になりました。
―先生の著書「たまごは、待ってくれません」を書こうと思われたきっかけは?
年齢が上がると、不妊治療をしても妊娠・出産が難しくなります。すべての卵子が受精・妊娠・出産までいけるのではなく、1個の卵子が出産までいく確率は25%と言われています。だから毎月排卵はあっても、4か月に1回しか出産できる卵はありません。これを知ったうえで、女性が自分のライフプランを作ることは、非常に大切なことだと思っています。
たまたまこういう内容の講演をしたとき、南々社の社長からぜひ本を書かないかと勧められたのがきっかけでした。私には2人の娘がいますが、月経とは何かを尋ねたとき、ピントはずれの答えが返ってきたことも、本を書こうと思った大きな動機のひとつです。中学生や高校生でも理解できるような内容にしていますので、ぜひ若い方にも読んでいただきたいと思います。
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望む子供の人数に合わせた妊活・男性の検査も並行して実施することが大事
―妊活は何歳から始めるのがよいのでしょうか?
これは希望する子供の数によって変わってきます。例えば、子供を1人欲しい場合は、32歳から不妊治療を開始するのがよいと言われています。2人の場合は27歳、3人の場合は23歳です。38歳になると、7割しか子供をもつことができなくなります。
このタイミングで体外受精を行うと、出産率は85%まで上がります。欧米では、35歳以上で通常の性生活を送って6か月妊娠しない場合は、治療開始が勧められています。精子も年をとると言われていますので、男性も35歳ぐらいまでに子供をもつのがよいと言われています。
ー精子が年を取るということも、だいぶ社会の常識になってきましたね。
ここ5年ぐらいで、精子の老化についての学術論文が山のように出てきました。精子の数と質が低下するということは、女性の妊娠率が低下する可能性があるということです。15年ぐらい前までは、まずは女性の検査を行うということがほとんどでしたが、それは間違いです。25~50%は男性側に原因があると言われていますので、女性と並行して同時に検査を始めることが大切です。
ただ、不妊症5大検査(基礎体温、経腟超音波検査、子宮卵管造影、ホルモン検査、精液検査)のうち、4つが女性側の検査で、男性は精液検査のみですので、女性のほうが負担は大きくなってしまいます。
―仕事との両立で悩まれているという患者さんは多いのでしょうか?
時間の調整で苦慮されている患者さんは多いですね。県病院に赴任した15年前にはあまり感じませんでしたが、最近は、採卵日を変更できませんか?注射や診察日の時間を変更できませんか? といった相談が非常に増えてきています。体外受精の場合は時間単位の治療計画がずれると治療成績が落ちると言われていますので、時間調整は非常に重要になります。
特に、排卵を起こす夜の注射と、そこから採卵するまでの時間がずれると、まったく採卵ができなくなることもあります。最近は随分理解されている企業さんも多いのではないかと思いますが、不妊治療に専念するために、仕事を休まれる患者さんもいます。勤め先に治療のことを伝えにくいという患者さんには、厚生労働省が用意している不妊治療連絡カードを作成して、提出いただくようにしています。
厚生労働省 不妊治療連絡カード
安全なお産のために多胎妊娠を避け、エビデンスにもとづく治療を基本に
―治療の中で心がけていることは?
赤ちゃん(胎児)にとって、できるだけストレスが大きくならない治療を心がけたいと思っています。そのためには、単胎妊娠が非常に大事です。卵を原則2つ以上移植しないということです。双子になるだけで、脳性麻痺のリスクが2倍になりますので、敢えてそうなる可能性が上がる治療はしないようにしています。さらに、双子、三つ子になると、お母さん(妊婦さん)にも過度な負担をかけてしまいます。
―産婦人科医としての先生のご経験が生かされているということですね。
私が周産期を診ていたとき、やはり多胎妊娠では苦労をしました。当院の生殖医療科では妊娠12週までを診るようにしています。12週を超えると出産できる可能性が99%にまで上がり、流産をすることは圧倒的に少なくなります。一方、12週までに流産してしまった場合は、原因を調べることが重要ですので、生殖医療の一貫として行うようにしています。
―体外受精の保険適用によって、治療の選択肢が少なくなってしまったと感じることはありますか?
そこは保険適用の一番の問題だと思います。ただ、当院では保険適用にならないことはたくさんやっていません。エビデンスにもとづく治療を行うことを基本にしていますので、患者さんの希望だけで治療を選択するということはしていません。
例えば、着床前診断を行い、染色体異常のない胚を移植した場合、1回の胚移植により出産できる可能性は、約60%です。2回移植すれば85%、3回では92~93%となります。それで着床しない人は着床不全と考え、着床不全の検査に進みます。染色体を調べずに、着床不全があるからこの治療をしましょうというのは順番がおかしいと思います。
不妊治療と同時に合併症の治療が行えるのは、総合病院ならでは
―県立広島病院で生殖医療を受けて妊娠された患者さんは、病院内の産婦人科に通われる患者さんが多いのでしょうか?
どちらのケースもありますが、当院には総合母子センターがあり、新生児医療のレベルも高いので、安心安全のためにも、当院で出産されることをお勧めしています。当院に紹介されてくる患者さんは、単に不妊というだけでなく、子宮筋腫、子宮内膜症、肥満、糖尿病、高血圧などの婦人科や内科合併症を持っている患者さんが非常に多くなっています。
合併症の治療をしながら、不妊治療もできるというのが当院のメリットの1つです。例えば、採卵するときには麻酔をかける必要がありますが、不整脈がある患者さんはそのままでは麻酔できませんので、循環器内科とコラボをしてアブレーションといった治療を行うといったことが可能です。
35歳以上になると、子宮筋腫や子宮内膜症などの婦人科的な合併症をもつ人が増えますし、40歳を過ぎると、糖尿病や高血圧などの内科的な合併症も増えてきます。当院のような総合病院で体外受精を受ける人は、35歳を過ぎた患者さんが多いことからも、同じ病院で出産することに意味はあると思います。
―最後に、患者さんへのメッセージをお願いします。
生殖医療のゴールは妊娠をして出産するということではないと思っています。当院では、家族形成という視点を大事にしています。子供は家族の中に生まれ、それによって家族生活が拡充し、最終的には社会の価値・文化を次世代につなげていくことができるようになると考えています。家族を増やしたいと思っているのに妊娠できず、不妊症だろうかと悩まれているのであれば、できるだけ早く相談に来ていただきたいと思います。卵は待ってくれません。