【東京都】torch clinic 医師インタビュー vol.29

 

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生産年齢の女性の人生に関わることにやりがいを見いだし、産婦人科へ

―医師の道を志したきっかけと、産婦人科を選択された理由について教えてください。

 祖父は亡くなる1週間前までの約70年間、医師として働き続け地域医療に貢献しておりました。こうした祖父を見て育ったことから、順天堂大学医学部へ進学することを決意しました。当初は祖父と同じ内科に進むものと思っていましたが、臨床実習で産婦人科を回ったとき、産婦人科は他の診療科と比べてより若い女性が多く苦しんでいる診療科であることを目の当たりにし、産婦人科医になろうと決めました。

 忘れもしないのは、妊婦検診で初めて子宮頸がん検査を受けたところ癌が発覚し、分娩後に根治術を行うも癌の状況が芳しくなく、その後抗がん剤や放射線治療を頑張られた患者さんのお看取りに立ち会ったことです。

 子宮頸がんは本来であればHPVワクチンと検診によって防げる病気ですが、日本ではワクチンの副反応の問題がメディアで大々的に報じられた影響でワクチンの接種率が大幅に低下し、にも関わらず検診の受診率に対する推奨もないままで、既に世界から子宮頸がんの治療に関しては世界でも後進国として取り残される結果となりました。ワクチン接種と検診の重要さを広めようと、先生方が臨床だけでなく、啓蒙活動に力を入れている姿に感化され、自分も生産年齢の女性の人生に関わる仕事をしたいと思いました。

 

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周産期救急から生殖医療の道へ~1日100人を診療、3年間で1万件の採卵を経験

―産婦人科医になられたあと、生殖医療を専門とされるまでに、どのような経緯があったのでしょうか?

 産婦人科医になってしばらくの間は、お産が楽しく、充実した毎日を送っていました。静岡県のドクターヘリが飛ぶ三次救急病院で周産期救急に携わり、生産年齢の女性と子供を救命することにロマンを感じ、救急医療に没頭しました。こうして数年が過ぎ、あるとき、救急で運ばれてくる妊婦さんには、比較的高齢で、妊娠高血圧症候群(HDP)などの合併症を併発している方などがいらっしゃるのですが、その中に長い不妊治療の結果妊娠に至っている患者さんが多いことに気が付きました。

 常位胎盤早期剥離や羊水塞栓などによって胎児が亡くなっているケースや、母体の出血があまりに多いケースなどでは、子宮動脈塞栓術や子宮を摘出しなければ救命ができない場合もあります。長く苦しい不治治療の末命を授かり、体外受精などで凍結受精卵が残っている患者さん達は皆、自身の命が危険な状況であっても、子宮をとることを拒否する場合が多いです。もちろん我々もそうならないように全力を尽くすのですが、難しい場合もあります。その後の患者さんの心理ケアなどに携わるうちに、救急医療医として成長するには、こうした不妊治療を受ける患者さんの背景まで理解しなければならないと考えました。

 ちょうどその頃、師事していた竹田省教授から大学院への進学を薦めていただき、生殖医療の最前線である北九州のセントマザー産婦人科医院に国内留学をさせていただくことになりました。セントマザーは、1日あたり平均450〜500人の患者さんを医師5人で365日休まず診療しているクリニックで、全国から患者が集まり西の最後の砦とも称されていました。

 多い日は1日に40件以上の採卵が行われることもありましたし、難治性不妊症の患者様も多くいらっしゃるため臨床、研究どちらの側面でも大変貴重な経験をさせていただきました。特にセントマザーの強みでもある男性不妊にも携わることができ、精巣内精子採取術(TESE)や非配偶者間人工授精(AID)のカウンセリングなど、豊富な経験を積ませていただきました。

―実際に生殖医療を経験されて、いかがでしたか?

 臨床経験を終えて大学に戻ることになったとき、担当した患者さんが赤ちゃんと一緒に会いに来てくれました。その女性が「(治療で)お金も、仕事も、友人も失いましたが、今赤ちゃんを抱っこできることが幸せです」と話すのを聞いて、患者さんの心身の苦しみには向き合ってきたつもりでしたが、社会的な負担と経済的な負担による苦しみに向き合えていなかったことに気付かされました。不妊治療を受ける患者さんが抱える心身的負担、社会的負担、経済的負担は社会課題であり、これらを解決することも生殖医療に携わる医師としての役割だと感じるようになりました。

 

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不妊治療を受ける患者さんの離職率17%に生殖医療の課題

―その後、順天堂大学で勤務されてから開業に至るまでの経緯を教えてください。

 大学に戻ると不妊治療だけではなく、再度周産期救急や元々自身が婦人科を志すきっかけとなった癌患者さんの診療も行うようになりました。その中で特に意義を感じたのががん生殖でした。ただ、がん患者さんへの情報提供や、医療者同志の情報共有などが十分整っているとは言い難く、AYA世代の患者さんにとって大変重要な医療を適切に提供できていないことに課題を感じました。そこで、自ら勉強会を開催したり、がん治療センターと連携して早めのコンサルトができるよう環境を整えるなど努めました。

 また、大学は教育施設ですので、特に学生教育や研修医教育にも力を入れました。学生達に不妊医療を受ける患者さんの始まりから終わりまでを一貫して共有することで、将来リプロダクションに携わりたいという学生が増えました。このまま大学でキャリアを積んで、未来の若手産婦人科医を育てることも悪くないと思うようになりました。

 そうしたとき、順天堂大学の公衆衛生のチームから、高度生殖医療を受ける患者さんの離職率を調査した論文が発表されました。不妊治療を受けるために、17%の患者さんが退職も含め就労の形の変更をしているという結果は、改めて私に課題の重要さを実感させました。大学病院や総合病院のように大きな組織は、当然ではありますが個々の診療科や領域の特性に合わせて体制をつくるのは難しく生殖医療は患者さんの体の周期に合わせてベストなタイミングで処置を行う必要があるため、土日祝・夜間の開院は重要です。多くの患者さんの治療に携わる中で、生殖医療に関する様々な課題を解決するため、同じような志を持った仲間達を集め、開業を決意しました。

 

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院内処方・後日会計で待ち時間を削減

―さまざまな臨床現場で新たな課題と向き合ううちに、開業に辿り着いたのですね。開業される際に、重視されたポイントを教えてください。

 当院は、就労と両立をテーマに掲げています。まず患者さんの院内の滞在時間・待ち時間を減らすために院内処方と後日決済を取り入れ、薬局で薬を受け取る15分と会計待ちの15分、合計30分の削減を実現しました。
さらに、当院では初診時の問診をあらかじめアプリで行えるようにしていますので、問診にかかる時間の15分在院時間を削減できます。事前問診は電子カルテに同期的に反映されますので、患者さんの来院前に必要な検査の準備をしておくことも出来ます。また性交渉の頻度や挙児希望の強さなど対面で聞きにくいデリケートな内容も事前に収集が出来ますので重宝しています。

 開業当初は医師が私一人だったので定休日を設けていましたが、今では常勤医3名と非常勤医数名の体制となり、理想としていた休診日を廃止したところです。患者さんの時間的制約を減らすことはもちろん、採卵日を医療者都合で変更する必要がなくなりましたので、今後もより卵にとってベストな環境を整えていきます。今年の春には、人員を更に厚くしてより多くの患者さんの治療にあたれるような体制を作る予定です。予定です。

 

―torch clinic様が患者さんから選ばれる理由は、どこにあるとお考えですか?

 生殖医療には多くの課題があることをこれまでお話しましたが、患者さんの苦しみを解決するために一番重要なのは、臨床成績です。採卵や卵巣刺激1つを取っても、医療者の技量で結果や患者体験は大きく異なります。当クリニックで特に好評をいただいているのは、患者の妊孕性と挙児希望、ライフスタイルまで意識した排卵誘発の選択です。採卵を事故なく安全に行うことはもちろんのこと、あらかじめ年齢、何人のお子さんを望んでいるか、卵巣予備能などから必要な胚盤胞数、MII卵子数を算出し、患者さんごとの状況に合わせた治療計画の立案をしています。

 

―患者さんへのメッセージをお願いします。
 保険適用化によって、経済的な負担は少し和らげることができました。当院は、患者さんの心身的な負担と社会的な負担をできるだけ軽減できるように、全力で向き合っていきます。子供を授かりたいという思いは自然なことであり。そのために患者さんご自身の大切なものを犠牲にしない人生であってほしいと願っています

 

―やりがいと社会に与えるインパクトを追求されて開業されたという先生の果敢な人生のストーリーを伺うことができました。今後の15年で7施設まで拡大される構想がおありということで、続編にも期待したいと思います。