【茨城県】つくば木場公園クリニック 看護師インタビュー vol.5

· 看護師インタビュー

 

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 今回は、つくば木場公園クリニックで看護師長として活躍されている澤辺麻衣子さんにお話を伺いました。澤辺さんはIVF大阪クリニックに12年間勤められた経歴をもち、不妊症看護認定看護師と生殖医療コーディネーターの資格を取得され、現在は生まれ育った茨城県で生殖医療の発展に貢献されています。

 

不妊治療について学びたいという一心で、生殖医療で著名な施設に就職

―澤辺様が医療の道に入り、看護師になったきっかけについて教えてください。

 私はもともと医療のバックグラウンドがあったわけではなく、文系の短期大学に通っていました。就職氷河期でなかなか就職先が決まらずに悩んでいたところ、看護学校の教員をしていた母から看護学校に入ることを勧められました。卒業して最初に就職したのが不妊治療を行っていた筑波学園病院で、手術室の「OPE看護師」として配属されました。そこでは不妊治療のための採卵や胚移植が行われており、それが生殖医療との出会いでした。

 

―手術室の看護師になったことがきっかけで、生殖医療に進まれたのですね。

 胚移植に立ち会ったとき、胚培養士さんが胚盤胞を見せてくれたことがあり、赤ちゃんのもとになる受精卵を目の当たりにして感銘を受けました。同期よりも年齢が高かったこともあり、何か他の人とは違うことを身に付けたいと思っていたところに生殖医療という領域があることを知り、これを専門として学んでいきたいと思うようになりました。せっかく勉強するのであれば、日本でいちばんの施設で学びたいと思い、不妊治療の領域で世界的にも有名なIVF大阪クリニックで働くことを決意しました。

 大阪に引っ越し、2年間は看護師としての基礎を習得するため寮のある淀川キリスト教病院で新生児の集中治療室「NICU」の看護師として勤めました。不妊治療は行っていませんでしたが、不妊治療で生まれた双子や三つ子の赤ちゃんを見ることができました。そして2年後、念願だったIVF大阪クリニックに就職することになりました。

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「もっと患者さんの役に立ちたい」という思いから、認定看護師の取得を決意

―そこから本格的に不妊治療の看護を学ばれたのですね。なぜ認定看護師を取得しようと思われたのですか?

 もともと不妊治療に特化した資格を取得したいと考えていましたので、認定看護師を取得したいと、早い段階から希望を出していました。不妊治療施設での看護としての経験を重ねる中で、3年目ぐらいから不妊治療の全体像が見えるようになりました。勉強会などに積極的に参加をして知識を深めたり、卵管鏡下卵管形成術(FT)のチームに入り、サンフランシスコで行われた米国生殖医学会(ASRAM)で発表させていただいたこともありました。

 それでも患者さんの中には、若い看護師から説明を受けることに抵抗を感じる方もいらっしゃいましたし、自分自身もまだまだ知識が伴っていないことが分かっていましたので、もっと患者さんの役に立てるようになるには、認定看護師の取得が必要だと考えました。認定看護師になるには半年間の研修を受ける必要があるため、職場の理解と協力が必要でしたが、先輩や仲間に支えられ、就職して5年目の2011年に認定看護師の資格を取得することができました。

 

―澤辺様が考える不妊症看護認定看護師の役割とは?

 ひとつは、患者さんと医師の間の橋渡しをすることです。つくば木場公園クリニックでは医師の診療の後に必ず看護師説明を設け、看護師が補足説明を行ったり、患者さんの不安な気持ちを和らげたりといったフォローができる体制になっています。

 福田愛作先生(IVF大阪クリニック院長)からは、患者さんを自分の家族と思って接することの大切さを教わりました。その気持ちは今でも大事にしています。看護師である以上に、一人の人間として、患者さんの立場に立って一緒に考えたり、一緒に悩んだりできる一番の相談相手になりたいと思っています。不妊治療は必ずしも結果につながらないものだからこそ、ご夫婦が後悔しない選択をしていただきたいと思っています。そのために、必要な情報を提供し、患者さんご自身で治療を選択できるようにサポートすることが私たちの役割だと考えています。

 

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自らも不妊治療を経験し、患者さんに寄り添える存在に

―澤辺さんの生まれ故郷である筑波に戻られたのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

 35歳のときに結婚し、不妊治療の末に子供を授かりました。両親から帰ってきてほしいと頼まれたタイミングとも重なり、地元の茨城に戻ることを決めました。初めは子供が小さかったので、筑波大学附属病院の不妊治療の外来で勤務していました。そして、1年ぐらい経ったころ、木場公園クリニックの院長である吉田淳先生がつくばにクリニックをオープンされることになり、サンフランシスコの学会でお会いした吉田淳先生とのご縁でお声掛けいただき、こちらに勤めることになりました。

 

―澤辺様も不妊治療の経験者だったのですね。実際に当事者になってみていかがでしたか?

 以前、勤務するスタッフの間でAMH値の測定をしたことがあり、自分の卵巣機能が低いことを知っていましたが、資格を取得して仕事に専念していたこともあり、結婚が遅くなってしまったため、結婚してすぐに不妊治療を始めました。

 5回の採卵をして、3回目の胚移植で妊娠しました。不妊治療を受ける患者さんの心理状態について知識として学んでいましたので、治療を受けている間は、自分自身を客観的に見ているような感覚でしたね。実体験が得られたことは、患者さんの気持ちを本当の意味で理解するうえでも貴重な経験になりました。

 

―2つのクリニックに勤められて、違いを感じることはありますか?

 関西と関東で地域差があるように思います。大阪のときは患者さんが病院を選択し、治療についてもよく理解をして、ご自身で治療を選択するということができていました。茨城県では、患者さんが先生に治療をしてもらっているという意識がまだ強いように感じます。2022年から保険適用になり、気軽に診療を受けやすくなったことも影響しているのかもしれません。
 当院ではCEO/COOの吉田先生が不妊治療について分かりやすく解説した動画シリーズを作成くださったおかげで、患者さんには段階的に知識を深めていただくことができるようになりました。こうしたものも活用いただきながら、後悔しない治療選択につなげていただきたいと思います。

 

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長年のキャリアを生かし、地元の茨城で生殖医療の発展に貢献

―最後に、患者さんへのメッセージをお願いします。

 IVF大阪クリニックに勤めていたころ、茨城から通院されていた患者さんから「茨城には相談できる看護師さんがいないので、ぜひ茨城に戻ってきてください」と言われたことが今でも心に残っています。これまで学ばせていただいた多くの経験を生かし、この茨城で生殖医療を担う看護師を育て、生殖医療の発展に貢献していきたいと考えています。患者さんが安心して治療に取り組んでいただける環境を整えて、スタッフ一同お待ちしております。

 

―生殖医療に対する熱い思いでキャリアを切り開いてこられたのですね。ご自身も不妊治療の経験者ということで、患者さんの真の理解者として、とても心強い存在だと思います。今後のご活躍にも期待しています。