【大阪府】IVF大阪クリニック 胚培養士インタビュー vol.1
【大阪府】IVF大阪クリニック 胚培養士インタビュー vol.1
今回は、大阪にある不妊治療専門施設のIVF大阪クリニックに勤める胚培養士の小林亮太さんにお話を伺いました。小林さんは、2022年に認定遺伝カウンセラー®の資格を取得され、遺伝と胚培養のプロとして活躍されています。普段はあまり聞けない胚培養士と認定遺伝カウンセラー®のお仕事内容について、詳しく教えていただきました。
生命の誕生に関わり、遺伝学の専門知識を生かせる胚培養士を選択
―小林さんが医療関係のお仕事を選んだきっかけについて教えてください。
私が大学に入学した2004年は、2003年にヒトゲノムプロジェクトが完了するなど、遺伝子の研究が盛んな時期でした。大学院では「哺乳類の発生に関わる遺伝子」を研究テーマとしており、その遺伝子はヒトの病気にも関わっていました。
卒業後、ゲノム創薬など製薬企業の研究職に就職することも考えていましたが、遺伝子と胚の発生の両方に関わることができる胚培養士の道があることを教授から教えられ、2010年にIVF大阪クリニックに遺伝学的検査を行う胚培養士として就職することになりました。特に、当院は受精卵の染色体異常を調べる着床前遺伝学的検査をいち早く導入していましたので、遺伝学の知識が活かせる仕事だと感じました。
精子と卵子の回収から受精卵の管理まで―胚培養士は生殖医療に欠かせない存在
―最初に、胚培養士という職業について教えてください。普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか?
胚培養士の仕事は施設によって多少異なりますが、1つは男性の精液検査です。精液量や精子の数をカウントします。ほかにも、精子調整と言って、精液中の精子の中から、人工授精や体外受精に用いるための元気な精子を取り出す操作を行います。また、女性の卵子回収(採卵)にも関わります。採卵は、医師が卵巣の卵胞から卵子が含まれている卵胞液を吸引して採取します。胚培養士は、この卵胞液を顕微鏡で拡大して、卵子を探し回収しています。
体外受精(IVF)のための精子と卵子が揃ったら、培養室(ラボ)と呼ばれる専用の部屋でIVFを行います。一般体外受精法は卵子と精子を培養液が入った小さなケース(プラスティックディッシュ)の中で混ぜ合わせ、受精卵が誕生するのを待ちます。また、男性不妊や受精障害のある方には、顕微授精と呼ばれる方法を用います。顕微授精は、マイクロマニピュレーターという特殊な装置を使い、顕微鏡下で1つの卵子に1つの精子を注入して受精卵を誕生させます。
卵子や受精卵(胚)は女性の体の中で育ちます。体の中は酸素濃度も二酸化炭素濃度も体外とは異なります。そこで、体内と同じ環境を保つインキュベーターという培養機器の中で、大切に育てます。受精を確認できた後は、胚が正常に発育しているかを観察します。一度の採卵で複数の胚ができた場合は、優先的に胚移植に用いる胚を決定するグレーディングを行い、その周期で移植に用いない胚は凍結保存します。
そのほか、胚移植の前に患者様に胚の説明などを行っています。また、常に最新の知識を取り入れるために学会や勉強会に参加し、学会で研究成果を発表することも重要な仕事です。
―生殖医療の領域では、胚培養士が重要な役割を担っているのですね。
当初は、こうした胚培養士の仕事は医師が自ら行っていました。しかし、治療件数が増え、医師だけでは全く足りなくなってしまいました。現在、多くの施設では、受精の瞬間を医師ではなく、胚培養士が管理しています。新しい生命の誕生のお手伝いができるというのは、本当に幸せなことだと思っています。
患者さんともっと話をしたいという思いから、認定遺伝カウンセラー®の資格を取得
―小林さんは胚培養士として勤めながら、新たに認定遺伝カウンセラー®の資格を取得されました。なぜこの資格を取得しようと思われたのですか?
1つの理由としてはキャリアアップです。胚培養士として10年間勤務し、一人前になることはできました。現在は胚培養士もたくさんいるなかで、これからは自分自身の特色を発揮していかなければいけないと感じていました。そこで、自分の得意とする遺伝の知識が役に立つ遺伝カウンセラーの資格を取得することを目指しました。
もう1つの理由は、人と話をすることが好きだからです。胚培養士は患者さんと直接接する機会が少ない仕事なので、もっと患者さんの話を聞いたり、話をしたいと考えていました。患者さんは短い診療時間の中で先生に聞けないことも多く、不安を感じている場合もあります。また、着床前遺伝学的検査(PGT-A・SR)など専門性の高い検査も増えており、医師も説明に苦慮することが少なくありません。そこで、私が医師と患者さんの架け橋となり、患者さんに安心して医療を受けていただきたいと考えました。
―認定遺伝カウンセラー®には、どのような役割があるのでしょうか。
遺伝カウンセラーには、遺伝医療を必要としている患者さんとそのご家族に適切な情報提供を行うという役割があります。これには社会支援体制に関する内容も含まれ、心理社会的なサポートを通じて当事者の自立的な意思決定を支援することが遺伝カウンセラーの仕事です。
認定遺伝カウンセラー®は全国で356人(23年4月:現在)いますが、遺伝医療は、私たちのような生殖補助医療だけでなく、がん医療、小児、成人、などほぼ全ての診療科で行われるようになっています。そのため、多くの医療施設で遺伝カウンセラーは必要とされていますが、まだまだ人数の足りていない医療の専門職です。
着床前遺伝学的検査(PGT-A・SR)・出生前検査などの遺伝に関わる情報を提供し、医師とともに患者さんの意思決定をサポート
―認定遺伝カウンセラー®は様々な分野で活躍されていることが分かりました。次に、生殖医療分野での認定遺伝カウンセラー®のお仕事について教えてください。
私が当院で一番多く実施しているのは、着床前遺伝学的検査の結果説明です。結果報告は医師からお伝えしますが、曖昧な結果(遺伝学的検査の中には陽性とも陰性ともはっきりしないことがある)について詳しくご説明したり、結果を踏まえて、これからどうしていくのかについて、患者さんと一緒に考えます。もちろん遺伝カウンセラーが単独で治療方針を決定するということはなく、医師や他のメディカルスタッフと連携をとりながら、チームとして患者さんをサポートしています。
また、出生前検査を受ける前のカウンセリングも行っています。出生前検査は、これまで、妊婦さんに対して積極的に情報提供されていませんでした。しかし、新しい出生前検査(NIPT:新型出生前検査)の登場とインターネットによる情報の拡散により、正しい情報だけでなく、誤解を生む内容が拡散され、妊婦さんが不利益を受ける事態も発生しました。そこで、2021年から全ての妊婦とそのパートナーに出生前検査の存在を知らせる案内が行われるようになりました。
希望する内容により種類と適切な受検時期が決まる出生前検査について、遺伝カウンセリングを通して、検査の種類やその内容、検査を受ける適切な時期、検査でわかること、わからないこと、検査の費用などについて、具体的な情報をお伝えすることで、最終的に検査を受けるかどうかを考えていただくものとなっています。そのほか、家族の病気が子どもに遺伝する可能性など家族性の遺伝相談もお受けしています。
―遺伝カウンセリングを受けたい場合、どのように予約すればよいのでしょうか?
電話で予約をいただくようにお願いしています。事前に電話をお願いしているのは、遺伝の相談は多岐にわたるので、内容によっては当院で希望に沿えない場合もあるからです。期待していた内容と違ったということが無いよう、あらかじめ患者さんが何について相談したいのかを教えていただき、どのようにお役に立てるかを確認してからお引き受けするようにしています。
当院に通われている患者さんに限らず、カウンセリングのみを単独で受けていただくことも可能です。受診するかどうか迷われている場合は、まずはお気軽にご相談ください。
―患者さんへのメッセージをお願いします。
私たち遺伝カウンセラーは遺伝の専門家ではありますが、遺伝について講義をすることが目的ではありません。遺伝に関する分かりにくいことを分かりやすくお伝えし、分からないことは患者さんと一緒に考えるのが私たちの仕事です。患者さんが不安に思っていることは十人十色です。カップルで考え、納得して、選択したことが「それで良かった」と思える選択となるように意思決定を全力でサポートしていきたいと思っています。
―本日は、胚培養士や遺伝カウンセラーの役割について、詳しく教えていただきありがとうございました。生殖医療では、医師が診療に専念するためにも、こうした専門職の存在が重要なのだと、あらためて感じました。