【高知県】レディスクリニック コスモス 医師インタビューvol.6

· 医師インタビュー

 

broken image

 

東西に長く、温暖な気候の緑多き高知県。高知県に3か所ある指定医療機関のうち、唯一の民間クリニックであるレディスクリニックコスモスは、西部地域の幡多・高西地区と、東部地域の安芸・香美地区に挟まれた高知県の中央部に位置し、県全域からの患者さんが訪れています。本日は、レディスクリニックコスモス院長の生殖医療専門医 桑原章先生にお話を伺いました。 

 

桑原先生インタビューのStory

1. ひとりで治療を続けるのは難しいからこそ、共に続けられる役割を果たしたい

2. PGT-Aは今後エビデンス構築が期待される技術。更なる研究により、不妊治療の技術が確立していく

3. 研究だけでなく、臨床の側面からも、患者さんがより治療を長く続けられるような仕組み構築を

 

 

ひとりで治療を続けるのは難しいからこそ、共に続けられる役割を果たしたい   

―最初に先生が生殖医療専門医を目指した理由を教えてください 

 私が徳島大学に入学した1980年代、東北大学で日本初の体外受精が成功し、その後まもなく徳島大学でも体外受精による新生児が誕生したことが話題になりました。今でこそ、毎年数万人の新生児が体外受精により誕生していますが、エビデンスも少ない当時は様々な議論がありました。 

 私も、そんな議論に参加しながら、体外受精に対する理解を深めていく中で、今後更に見識を深め、取り組んでいきたいと考え、産婦人科に入局しました。お産なども経験しましたが、当初の志通り、大学院卒業後は生殖医療専門医になりました。 

 

broken image

 

 

―幅広く産婦人科でご経験される中で、生殖医療に携わる上で特に意識されていることはあるんでしょうか 

 ひとつ挙げるならば、患者さんとの付き合いの長さかもしれません。平均的に見ても、不妊治療はすぐに成果が出るばかりではありませんから、患者さんと長く付き合うこと、そのための信頼関係を築くことを常に念頭に置いています。 

 

―確かに、弊社のアンケートでも、平均治療期間は25か月と出ています。決して短くないその期間、続けること自体の難しさも推察されます。 

 そうですね、ひとりで続けることが難しいからこそ、一緒に続けられるような役割でいたいなと思います。色々な患者さんがいますから関わり方も様々ですが、例えば、色々質問をしてくれる患者さんとは、長く話すこともあります。膝を突き合わせて話していると、ある点がブレイクスルーになり、すとんと腹落ちすることがあるんですよね。 

 そういう話ができるようになると、普段の治療への向き合い方に加え、仮に治療を卒業するようなときも、患者さんが前向きに決断できるように思います。治療がどんな結果であっても、患者さんの今後の人生は続いていくわけですから、悔いなく向き合えるように共に歩みたいと思っています。 

 

患者さんと話をするときに私が心掛けていることは、患者さんが言って欲しそうな答えを言うのではなく、医師として最良と思われる意見を伝えることです。患者さんが相談する理由のひとつに、はやく安心したい、という気持ちがありますから、患者さんがその場で求める回答と、医師としての見解は残念ながら必ずしも一致しないことがあるんですね。そんなとき、患者さんにとって都合の良い回答ができたらどんなに楽だろうと思うのですが、その時に回答し得る医師としてのベストな見解を隠さず伝えることを意識しています。  

 

broken image

 

 

PGT-Aは今後エビデンス構築が期待される技術。更なる研究により、不妊治療の技術が確立していく 

 ―少し話は変わりますが、不妊治療を取り巻く様々な技術に対して興味を持っている患者さんが多く、中でもPGT-Aは注目を集めているようです。先生はPGT-Aの有用性に関する他施設共同研究も手掛けていらっしゃいますが、PGT-Aを取り巻く環境について、教えていただけないでしょうか。 

 まず最初に、PGT-A(Preimplantation genetic testing foraneuploidy)とは、体外受精によって得られた胚の染色体数を、移植する前に調べる検査です。欧米では以前より流産を防ぐ目的で実施されてきましたが、日本では海外よりも導入が遅れ、2017年から2019年にかけて日本産科婦人科学会によりPGT-Aに関する探索的パイロット試験の実施、2020年からは現行見解および細則を守りながら、臨床研究として多施設共同研究を進め、データの蓄積が行われているところです。 

 

―なぜ海外と比較して、日本での導入が遅れてしまったのでしょうか。 

 1点目にPGT-Aの技術は、染色体異常のある胚の移植を避け、妊娠率を高め、流産率を低下させるための技術ですが、「スクリーニング」という言葉を用いることで胚から得られる遺伝学的情報を際限なく調べることができると受け止められ、で、優先思想であるかのように拡大解釈されてしまったのではないかと思っています。 

 2点目に、日本産婦人科学会が、実施を禁じたことが挙げられます。禁止すればするほど、「本当は救世主なのでは」という気持ちから、十分検証されないまま、質的にも不均一な医療がアンダーグラウンドで広まったこともありました。私が伝えたいのは、PGT-Aは救世主のように扱われることもあるのですが、それは正解ではないということです。 

 

―救世主ではない、ですか。もう少し詳しく教えていただけますか。 

 一言で言うと、海外においても日本においても、確立されたエビデンスが存在しないということです。先程申し上げた通り、PGT-Aは体外受精によって得られた胚の染色体数を、移植する前に調べる検査ですが、正常であるとされた胚が100%正常であるとも言い切れませんし、モザイク胚 (正常な細胞と異常な細胞が混ざり合った胚)の妊娠率が、当初懸念されたほど低くないことも最近解ってきました。胚は自己修復するという説もあります。もちろん、モザイクが少ない方が良いですが、明確な境界線は分かりません。 

 例えば、イギリスのHFEA (ヒト受精・発生学委員会)と呼ばれる独立機関では、PGT-Aの技術は、出生率を改善するランダム化比較試験のエビデンスが存在しないと言及しています。* 今後は、さらなるエビデンス構築が求められると考えています。 

*) Red - We give a red symbol for an add-onwhere there is no evidence from RCTs to show that it is effective at improvingthe chances of having a baby for most fertility patients. 

broken image

 

もちろん、患者さんにとって重要な選択肢のひとつであることはよく理解していますので、選択する利点と欠点を十分患者さん自身が理解できるまで説明して、患者さんの意向も踏まえて治療計画を決めていくことが重要だと考えています。 

broken image

 

 

 

研究だけでなく、臨床の側面からも、患者さんがより治療を長く続けられるような仕組み構築を

 ―先生が今後取り組んでみたいことがあれば、教えてください 

 目下は、目の前の患者さんに質の高い医療を提供し続けることです。さらに、最初の方にも話題になりましたが、やはり患者さんが治療を継続できるような仕組み作りには取り組んでいきたいですね。 

 例えば、高知県は東西に長く、かつ、不妊治療の指定医療機関は県の中央部に固まっています。そうなると、患者さんの通院負担が大きく、治療を諦めざるを得ない方も沢山います。そのような患者さんの負担を軽減できるような仕組みができるといいですね。 

 また、患者さんの問診についても多角的にに行えるシステムがあったりするといいですね。不妊治療をするにあたっては、意外と患者さんが自覚していないけれど、実はそれが患者さん自身の悩みになっていたりするようなことがあったりするんですよね。限られた時間内での問診だと、患者さんから聞き出せなかったりするんです。そういうニーズに気付いていけるといいなと考えています。 

 

―ありがとうございます。普段の診療を通じて、なにか患者さんにも一貫して伝えたいことがあれば、メッセージをお願いします。 

 続けることですね。不妊治療はうまくいくことばかりではありません。インターネットを開けば、様々な情報があふれている。そんな中で、迷ったり、傷ついたりしている患者さんを沢山診てきました。ひとつ言えることは、患者さん自身は変わらないんです。自分を信じて、続けることが、将来に繋がっていきます。だからこそ、一緒に治療に向き合い、続けていける環境が大切だと思っています。 

 

<cocoromi編集部より取材を終えて> 

高知県全域から患者さんが集うレディスクリニックコスモスの桑原先生。お忙しい中にも関わらず、疲れた顔ひとつ見せず、冗談も織り交ぜながら、快活に、かつ丁寧に回答くださいました。インタビュー中も話題は多岐に渡りましたが、振り返ってみると一貫して、研究と臨床の双方に軸足を置き、生殖医療技術や生殖医療を取り巻く環境について、より良い世界を目指し推進されていく想いを感じました。弊社も事業会社として、その一端を担うことができればと身が引き締まる思いでお話を伺いました。