【特別コンテンツ】生殖補助医療のデータ解析の未来 対談インタビュー 前半編

· 医師インタビュー
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 近年、様々な分野でビッグデータの活用が期待されています。中でも、医療分野におけるデータ活用は、少子高齢化により増大する医療費の抑制や個別最適化医療の側面で多くの期待が寄せられています。弊社 ( vivola株式会社 )も患者さんの診療情報をcocoromiという アプリや医療機関 から収集しデータ解析を行うことで、患者さんひとりひとり にとって最適で最短の治療が行える生殖医療の世界を目指しています。 

 本日は、生殖医療のデータ解析における第一人者の埼玉医科大学 産婦人科医の左勝則先生をお迎えし、先生のご研究や生殖医療のデータ活用について、ぜひお話を聞ければと思います。 

― まずはじめに、左先生の現在のお仕事について教えてください。 

  2017年に現在の大学病院に赴任し、生殖補助医療に従事するとともに、学生から産婦人科の若手医師まで幅広く「教える」立場で医療に携わっています。内容も多岐に渡り、 産科から婦人科の教科書的な理論から、産科・婦人科手術のコツといった本には書かれていないような技能的なもの、更には研究 指導にいたるまで広範囲に及んでいます。加えて、私自身も当科の教授のもと 、日本の生殖補助医療のレジストリである 日本産科婦人科学会(以下日産婦)オンラインART登録データベースの 集計、および、 研究も積極的に行っています。   

日産婦のオンラインART登録データベースとは、生殖補助医療の登録施設の医師が、患者さんの治療や結果について入力するものですよね。そこで集められたデータは統計データとして一般公開されている(https://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/)ので、患者さんも目にしたことがあるのではと思います。実際に私自身も、初めて体外受精をしようと思った時に、このデータを見ながら30代半ばでの成功率を参考にして心構えをしていた経験があります。

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             日本産婦人科学会 「ARTデータブック」より一部抜粋(https://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/

 

― 日産婦オンラインART登録データベースを用いた研究も行っているとのことですが、研究を始めた背景と、その内容についても教えてください。 

 私が産婦人科医の駆け出しだった頃、患者さんの医療データをまとめて、学会で発表することがよくありました。1,000人を超える患者さんの診療記録を調べたこともありましたね。データの収集については、夜鍋してなんとか自分でできるのですが、解析方法については奥が深く、機会があればもう少し知見を深めたいと考えていました。そのため、産婦人科の専門医資格を取得した後、統計や疫学の知識や技術も習得すべく、公衆衛生のなかでも生物統計や疫学の分野の博士課程に進みました。 

  大学院に進んだ後は、産婦人科領域の臨床研究を行いつつ、既存のデータベースを解析する研究も並行して行ってきました。例えば、国が主導で収集した縦断調査のデータを用いて、母乳育児と児の肥満との関連をみたり、妊婦健診時に測定する血圧や採血データと分娩の際の有害事象との関連をみたりするものです。こうした研究を行いつつ2013年からは、生殖補助医療について本格的に学び始め、日本産科婦人科学会が管理する生殖補助医療のレジストリのデータを用いた研究も行うようになりました。 

― 生殖医療分野では、アメリカをはじめ日本でも、胚の画像を用いた深層学習における研究発表や論文が出てきているのを見かけます。一方で、ホルモン剤の種類や投与量、その投与タイミングといった細かい系列データを分析する研究はあまり多くないと思っており、弊社はそこに注目しています。先生もご研究されるにあたり、やはりまだここに可能性があるとお考えでしょうか。 

 現在、疾患に対する治療の標準化を目指し、それぞれの専門分野において診療ガイドラインが整備されています。これらのガイドラインをよく読むと、実はエビデンスと呼ばれるデータに基づいて確立された治療法というのはまだまだ少なく、明らかになっていないことだらけです。特に生殖医療は、今まで自由診療の中で行われてきた医療分野でもあり、エビデンスが十分とは言えません。エビデンスは、臨床から得られたデータを解析することで生まれてきますから、患者さんの臨床データは大変重要な可能性を秘めていると考えてよいと思います。 

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  先生も委員会のメンバーになっている、先日公開された日本生殖医学会より生殖医療ガイドラインの原案と方針(https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/s3.jsrm.or.jp/GL20210623Ver5.0.pdf)

 

― まだまだ研究の余地が多いにありそうですね。先生が現在、日産婦のART登録データベースで行っている分析のデータセットや研究内容についても具体的に教えてください。 

 

日産婦のART登録データベースは、日本の生殖補助医療の治療周期を登録した国内最大のデータベースです。日本における生殖補助医療の現状や治療後の妊娠転帰の傾向を把握する目的で、日本産科婦人科学会が主導し2007年より現在の形態での登録が開始されました。その頃は多数の胚を移植することにより生殖補助医療後の多胎妊娠のリスクが、現在と比べて非常に高かったことや、生まれてくる児への影響など、まだまだ不明の点が多かったという時代背景もあると思います。データベースでは、年齢や不妊原因などの背景情報や、卵巣刺激方法やIVF/ICSIの有無などの治療情報、および妊娠・出産情報などの幅広い情報を個人の特定できない形で登録する形態をとっています。   

 最近では、埼玉県の特定不妊治療助成事業の個票情報と日産婦のARTオンライン登録データベースを連結して、不妊治療助成回数ごとの累積生産率の報告をおこないました(Reprod Med Biol, 2021, in press)。2016年に埼玉県に初回申請された方(1,072人)を対象に2017年末までの申請情報を用いて解析を行ったところ 、6回あたりの累積生産率は、35-39歳では49.3%で、3回まで助成金が認められている40-42歳では17.2%であることがわかりました。

― 2021年1月より拡充された助成金制度により、全ての患者さんに1子あたり6回まで助成金が対象になったのですよね。連結できるデータも今後増えていく事で、新たに示唆できることも出てきそうですね。 

前半編では、生殖医療のデータ解析に至った経緯や現在の日産婦のデータベースを用いた研究についてお伺いしました。次週の後半編では、これまでの日産婦で収集されてきたデータを活用する一方で、詳細な治療データや患者さんの背景情報を含めた、より一歩踏み込んだデータ解析の可能性についてもお話を聞かせていただければと思います。