【特別コンテンツ】生殖補助医療のデータ解析の未来 対談インタビュー 後半編
―前半のインタビューでは、日本産婦人科学会(以下、日産婦)のART 登録データベースに関してお話を聞かせていただきました。
後半となる今回は、これまでの日産婦で収集されてきたデータを活用する一方で、患者さんの背景情報を含めた詳細なデータ解析の可能性についてもお話を聞かせていただければと思います。 今後、様々なデータを解析していく上で、現在の日産婦のART登録データベースでは不十分な点もあるのでしょうか。
日本のART登録データベースの強みは全数登録という所だと思います。全数登録とは、ほぼ全ての体外受精実施施設が、全ての治療周期を登録していることを指します。治療成績の良い施設のみが参加しているなどの偏りがないため、得られた結果を日本全国の実情に広く一般化できるという強みがあるかと思います。
一方弱みとしては、治療周期の登録であるため、治療を受けられた個人は識別できません。例えば、同じ人が3回採卵を受けられた場合、3 名の別々の周期として登録されています。ですので、実際に何人の人が治療を受けているのかはわかりません。また、不妊期間や既往症などの不妊の背景となる情報などは収集していないため、治療の成績を検討する場合に、そうした背景情報が等しく分布しているかはわかりません。
―なるほど、過去の治療歴や既往歴などの背景情報が足りていないという事なのですね。弊社が提供しているcocoromiアプリでは、そのような個人の時系列での治療データや、疾患だけでなく、ライフスタイル情報を含めた背景情報を含んだ詳細なデータベースを作っています。
一方で、入力は患者さんにお願いするような形式をとっていますが、弊社としては患者さんが自分で治療を理解し、記録していく事は、主体的に治療を理解し納得のいく生き方につながると信じていますし、いずれ来るを思われるPHR (Parsonal Health Record)の世界にも通じるものと考えています。
vivola社が運営するcocoromiアプリの診療情報入力画面の抜粋(https://lp.cocoromi.com/)
―これから、左先生も患者さん自身が入力した情報をもとに、予測モデルを作るご研究をされる予定なのですよね。
はい、現在「日本における体外受精・胚移植後の生産率予測モデル作成のための疫学調査」の協力者を募集しています。先ほど述べたように、学会のデータベースは治療周期を集めたデータのため、個人が治療を受けた場合、どの程度妊娠・出産に結びついているかを求めることはできません。かねてから、患者さんがステップアップして高度不妊治療に取り組む前に、ご自身の背景となる情報や、初回の体外受精の際に得られた情報から、その後1年後の生児獲得率が簡単にわかるようなツールがあるとよいと感じていました。こうした解析は、自分が携わっているART登録データベースではできないため、今回アンケート調査という形で行うことにしました。
―ご研究の対象者についても教えてもらえますか。
研究内容は至ってシンプルで、初回の体外受精を受けられる患者さんなら誰でもWebを通じて参加登録することができます。参加いただける方には初回の採卵情報を含む20問の簡単なアンケートに回答いただき、1年後、2年後の出産の有無と、それまでにうけられた治療内容を聴取させていただきます。 本年9月1日時点で680名の方にご登録いただきましたが、より精度の高い予測モデル作成のために、参加登録期間を9月末まで延長して、参加者の募集を行っています。
―患者さんにとって、自分たちのライフプランを立てるための非常に有用なツールになりそうですね。日本では、世界で最も多い体外受精の実施数があると言われていますが、なかなかそのデータ量を活かしきれていないように感じます。できるだけ多くの患者さんにご参加していただく事で、ツールとしての精度も上がると思いますので、ぜひこれから体外受精をお考えの方はご参加いただけたらと思います。動画でのわかりやすいご説明も視聴いただけますので、詳細はこちらのURL よりご確認ください。左先生からも一言お願い致します。
日本の体外受精は、外国で行われている内容と同じ治療である部分も多いのですが、自然周期採卵や内服薬によるマイルドな刺激が多いという特徴があります。また単一胚移植率がここまで高い国もほとんどありません。このような 治療内容の違いから、日本で治療を受けている方のデータを用いて予測モデルを作成する必要性があると感じています。また、作成した予測モデルから得られる情報は、今後日本で治療を受けられる患者さんの判断の一助になると信じております。そのため、初回体外受精治療を受けられる方のアンケート調査へのご協力をお願いできればと思います。
―医療×AIの領域でも、一歩遅れているといわれる日本ですが、日本独特の治療方法、実施数を考慮すると、日本もしくはアジアならではの予測モデルの構築には価値があるだろうと私も考えています。今回のように患者さんが自らARTのデータを入力してもらうような動きは定常化していくのでしょうか。また、日産婦のART 登録データベースとは違って、どのような役割を担っていくのでしょうか。
学会の登録事業は、医師や胚培養士など 専門知識のある生殖医療従事者 が入力することがほとんどですが、医療機関が入力するためには当然時間や人件費などのコストが発生しており、一定の負担が生じています。
一方で、患者さんご自身が入力するデータは、治療を受けた時点から入力される時点まで時間が空いてしまう場合があるなど、データの正確性が問題になるかと思います。しかし、患者さん自身が入力したデータが正確であれば、医療機関側の負担軽減につながると言えると思います。
もちろん、患者さん自身が入力した結果で得られた知見を真の知見とするためには、実際に受けられた治療内容と患者さん自身が入力した情報の正確性をきちんと評価することが必須であると考えられます。また、治療が成功した人が入力を行う確率が高ければ、そこから得られた妊娠率などの指標は、当然過大評価されるリスクがあります。こうしたハードルを少しずつクリアしながら、患者さん自身の入力したデータを利用した検討がすすんでいき、今後実際の治療を受けるかどうかの判断などに役立てば、素晴らしいことだと思います。
―データを取り扱う者として、その母集団の偏り、正確性は非常に注意を払いたいところですね。弊社でもその点はよく社内で議論になります。そのため、医療機関から集めたデータと、cocoromiアプリより得られたデータを母集団の特性を理解した上で、それぞれで解析して比較していく必要があると思っています。
cocoromiは、患者さん自身がご自身のデータを登録することで、治療体験をシェアすることができるすばらしい試み (cocoromi)だと思います。現在はまさに試みの段階かもしれませんが、この取り組みが発展して、患者さんのデータを活用できる時代が到来すれば、治療を受ける予定の方や治療を受けられている方の大変貴重な判断材料になるかと思います。
vivola社が運営するcocoromiアプリの統計/同質データ画面の抜粋(https://lp.cocoromi.com/)
―ありがとうございます。今後は弊社も類似の症例データベースを作っていきたく、引き続き、左先生にもご協力をいただけたら嬉しいです。最後に、生殖医療におけるデータ解析が進む事で可能になる未来や、今後先生が取り組まれていきたい事を教えてください。
スマートフォンやITのめざましい普及により、ビッグデータと呼ばれる巨大な情報が以前に比べて容易に構築されるようになってきました。 そうしたデータの中には、今まで調べられてこなかった新たな関連や知見が眠っているかもしれません。また、そうしたデータを解析して、活用することによって、体外受精を受けられる方にとって有用な情報源となる可能性があります。基礎研究とは異なり、こうしたデータから得られた解析結果は、得られた結果をすぐに現在の状況に適応することが可能であるというメリットもあると思います。不妊治療の領域では、こうしたデータベースの活用はまだまだこれからの状態ですので、今後データの蓄積とともに、データ活用の動きが進むことを願っています。
インタビュー前半、後半にわたり、生殖医療のデータ活用について、第一人者である埼玉医科大学左勝則先生に、現状の課題や未来への期待を伺う事ができました。弊社としても、多くのデータ収集、解析を進め、一人でも多くの患者さんが納得のいく治療を受けられる世界を目指していきたいと思います。左先生、お忙しい中インタビューへのご協力ありがとうございました。