【佐賀県】おおくま産婦人科 医師インタビュー vol.22

· 医師インタビュー

 

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生殖医療は医療の中で唯一クリエイティブな領域

―産婦人科を選択されたきっかけについて、教えてください。

 最初のきっかけは、産婦人科医だった父の影響です。産婦人科の中でも、生殖医療に興味があり、初めは研究者になりたいと考えていました。そこで、大学卒業後久留米大学に入局し、産婦人科医として働いた後にオーストラリアのモナッシュ大学に留学しました。そのままオーストラリアで就職するという道も考えましたが、生まれ育った佐賀県で不妊治療に携わり、より多くの患者様を幸せにしたいと考え、父の病院を承継することを決心しました。

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―生殖医療のどのようなところに魅力を感じられたのでしょうか?

 医業は人の命を預かるとても責任の重い職業です。産婦人科は、医療分野の中でも特殊な領域だと思います。例えば、車が故障したときは、自動車修理工場で修理をします。人も病気になると、治療をするために病院に行きます。物ならば修理、人であれば治療という言い方をします。一方、芸術家や農業という職業は、何もないところからモノを作り出す仕事です。クリエイティブな仕事です。同じように、命を生み出す産婦人科医は、医者の中で唯一クリエイティブな仕事だと思っています。特に、生殖医療では妊娠を望みながらもなかなか授かれない方が治療を通じて妊娠され、赤ちゃんが生まれます。そこに魅力を感じています。

 

流産の確率は約5人に1人でも、2回続けて流産する確率は約25人に1人に

―不妊治療に携わる中で、難しさを感じるのはどのようなときですか?

 赤ちゃんの元になる胚盤胞を子宮に戻しても、妊娠しないときがあります。体外受精では、自然妊娠と同じ5人に1人が流産すると言われています。自然流産の場合に比べて、体外受精では妊娠が分かったときの喜びと、流産したときの悲しみの落差はより大きいものです。患者さんの頑張りを見ているからこそ、医師としても辛いところです。

 

―辛い場面に立ち会うとき、どのように患者さんと向き合うのでしょうか。

 患者さんがもう一度トライしてみようと思えるように、その後の治療についてお話するようにしています。流産の確率は5人に1人ですが、2回目も流産する確率は25人に1人になりますよとご説明します。
私がオーストラリア留学中に学んだことは、赤ちゃんは自分が幸せになるために生まれてくるのであって、決してお父さんやお母さんを幸せにするためではないということです。こうしたお話をすることで、患者さんは肩の荷が下り、気持ちが楽になることもあります。もちろん、痛みを溶かすには、時間を設けることも大事なことです。

 

体外受精は日本人の国民性と親和性が高い治療法

―オーストラリアでの留学経験が生かされているのですね。

 オーストラリアはクリスチャンが多く、子供は神の子という思想があります。4割の夫婦が離婚し、子供がいなくてもよいという家庭もたくさんあります。日本との大きな違いは、養子縁組が盛んに行われていることです。子供がいても、人種に関係なく親のいない子供を迎え入れることもあります。
一方、日本人には「自分の血を残したい」という考えが強いですね。子供を授からなければ体外受精を選択するという方向に進みやすくなっています。最近は日本でも養子縁組が増えていますが、特に年配の方では抵抗がある方が多いように思います。こうしたことは国民性の違いですので、どちらがよいというわけではありません。ご自身の想いを大切にすることです。

 

子連れの患者さんは産科の外来で治療を受けられるように配慮

―お産も扱う総合的な産婦人科として、どのような良さがあると感じられていますか?

 不妊治療専門の施設では、妊娠反応を確認したところで、お産ができるクリニックに紹介しますが、当院では産まれてきた赤ちゃんを最初に触れることができます。顕微鏡でなければ見えなかった小さな卵が3000グラムほどの赤ちゃんになって出てくるときは、こんなにも大きくなったと嬉しく感じます。出産まで出来る施設は少ないため、産科の施設をもっていたのは幸運なことだと思っています。
ただし、産科と不妊外来の施設が隣にあることで、ストレスを感じる患者さんもいますので、お子さんがいる方は、産科の外来で診察を受けていただくように配慮をしています。

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保険適用により不妊治療が身近になり、男性の意識も向上

――昨年の4月からの保険適用後、患者さんの動きに変化はありましたか?

 不妊症の外来患者さんは、コロナ禍でも減ることはなく、逆に増加しています。35歳以上になると妊娠する確率が下がることがだいぶ認知されるようになりましたし、保険適用によって不妊施設に通いやすくなったのだと思います。以前は不妊治療の費用はそれぞれの施設で決められていたため、地域によってかなり大きな差がありました。保険適用後は全国で料金が統一化されたことで、適正価格という線引きができ、安心感も生まれたのではないでしょうか。

 

―保険診療と自由診療の割合は?

 現在は、ほとんどが保険診療です。保険診療になって患者様の負担はだいぶ楽になったと思います。都市部では自由診療が中心という施設もありますが、佐賀県では、一般的なサラリーマン家庭や自営業の方が多く、保険診療の範囲で行われる方がほとんどです。

 

―男性パートナーの参画について、変化はありましたか?

 保険適用後は、治療計画を立てる際に、男性も一緒に治療計画を確認して治療を開始するというルールになりました。そのため、男性と一緒に来院される患者さんは明らかに増えました。初診の時だけでなく、その後の通院でもご夫婦揃って来られることが多くなりましたね。今は不妊の原因は男性と女性で半々と言われていますが、原因がどちらにあったとしても、夫婦で一緒に治療に取り組むことは大切なことだと思います。

 

―今後導入を検討している治療法や注目されている新しい技術はありますか?

 オーストラリアにいた20年ほど前は、まだ卵子から胚盤胞まで育てることができませんでした。2分割になった卵を2~3個子宮に戻すという方法がとられていました。世界初の体外受精から45年、現在では胚盤胞まで育てることができるようになりましたが、技術的に頭打ちの状況です。今後は、さらに着床率を上げる為に何ができるのかが重要だと考えます。着床しやすくする方法として、アシステッドハッチング(AHA)という透明帯と呼ばれる卵の殻を破ることで孵化を助ける方法や、移植用培養液にヒアルロン酸含有培養液を用いる方法があります。しかし、いずれも完全なものではありません。着床の決定的な方法が見いだされれば、もっと成功率は上がるでしょう。
一方、流産の原因としては、染色体異常がもっとも多い原因です。染色体の中には、もともとヒトにはならない染色体があります。着床前診断と言って、卵を胚盤胞まで育てたとき、異常がないことを確認したうえで子宮内に戻すという方法があります。命の選別につながるとして批判的な意見もありますが、3回以上流産したときに実施するなど、これから伸びていくと思われます。

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ご夫婦の幸せの形をよく話し合い、気持ちを楽にして治療に臨んでほしい

―佐賀県の患者さんに特徴はありますか?

 佐賀県はお子さんの多い家庭が多いのが特徴です。1世帯あたりの子供数が平均1.2人と言われる東京の状況とはだいぶ異なります。若くして妊娠する方が多いため、必然的に妊娠率も高くなります。その一方で、出産歴はあるが2人目のお子さんができない続発性不妊症の方も一定数いらっしゃいますね。

 

―患者さんへのメッセージをお願いします。

 人生には、人それぞれの楽しみ方があります。お子さんがいない家庭でも幸せな家庭はたくさんありますし、お子さんがいても不幸な家庭もあります。皆さんにお願いしたいことは、不妊治療を行う前に、ご夫婦でよく話し合って決めていただきたいということです。そして、やると決めたことを最後までやりぬいていただきたいと思います。当院は、県内で唯一不妊治療からお産までできる施設です。治療に臨むにあたりプレッシャーに感じることも多いかと思いますが、皆さまが安心して治療にのぞめるよう、優しいスタッフとともにお待ちしています。