【広島県】絹谷産婦人科 生殖医療専門医インタビューvol.1
広島市中区にある絹谷産婦人科(https://www.kinutani.org/)は、不妊治療専門のクリニックです。1981年の開院から現在に至るまで、数多くの患者さんが受診し、10,000例を超える新たな命が誕生しています。 本日は、現院長で日本生殖医学会認定 生殖医療専門医でもある絹谷 正之先生に、不妊治療に携わる想いについて伺いました。
絹谷先生インタビューStory
1.生命誕生の神秘に魅せられ、父の背中を追って生殖医療専門医の道へ
2.大切にしているのは、患者さんに寄り添い、共に闘うこと
3.治療開始後のミスマッチを未然に防止する2時間半の事前説明会
生命誕生の神秘に魅せられ、父の背中を追って生殖医療専門医の道へ
-初めに、先生が生殖医療をご専門に選ばれた理由を教えてください
産婦人科医だった父の影響もあり、幼少期より女性医療を身近に感じて育ちました。研修医時代、受精卵の美しさに感動し、また、生命の誕生が神秘的であると感じ、生殖医療ならば、続けられそうだと思いました。自身の専門性を決める岐路に立ったときに、研修医時代の経験が決め手となり、生殖医療専門医を志すことにしました。また、その根底には、幼少期より見ていた父に対する尊敬の念があったようにも思います。
生殖医療専門医として大切にしているのは、患者さんに寄り添い、共に闘うこと
-生殖医療専門医として先生が大切にされていることはなんですか
子供を授かりたいのに授からないという大きな不安を抱えている患者さんが、最終的に辿り着くのが不妊治療です。その気持ちや治療の難しさをよく知っているからこそ、決して安易な気持ちで伴走はできません。私たちは、患者さんに寄り添い、負担を少しでも軽減できるよう、日々努力を重ね、治療に取り組んでいます。
-患者さんに寄り添う、という点について、もう少し詳しく教えていただけますか
まず、当院では主治医制を導入しています。主治医制により、患者さんは毎回、自分の状態を一番よく分かっている医師の診察を受けることになり、安心して通院いただけます。また、個々の患者さん毎に担当医を決めることで、医師側がより責任感を持って治療に取り組むようにもなります。このように主治医制は、患者さんと医師の双方に良い影響を及ぼすと考えています。不妊治療は、思い描いた通りにいかないことも沢山ありますから、主治医として責任を全うするプレッシャーはとても大きいですが、その分、患者さんが新しい命を授かったと知った時の喜びもとても大きなものがあります。
―なるほど、患者さんと正面から向き合うための仕組みなのですね
患者さんと向き合うための仕組みという点では、毎年、患者さんにアンケートを実施しています。毎年欠かさずやるのはそう簡単ではないですが、患者さんにとって少しでも良いものを提供したいという想いで続けています。 私自身元来、人から何か言われると早く解決したくなる性格ですから、アンケートを取った後は改善に奔走します。ある年はトイレの汚れが気になるとのコメントがあったので、早々にトイレをリニューアルして、綺麗に維持できるよう、張り紙や徹底した掃除を行いました。ある年は、靴箱を開け閉めする音が気になる、というので、靴箱の扉を撤去することにしました。解決すると、次の年には違う要望が出てくる、そうすると昨年の課題は解決したようだ、と安堵するわけです。
―アンケートの結果をホームページ上でも公開されているのが印象的でした
ホームページは、患者さんが当院を知り、信頼関係を深めるための大切なツールだと思っているので、透明性高く情報提供したいと思っています。アンケートを始めたのは、「アウトプットの質を上げるためには、インプットを得ることが重要である」、これは当院がJISART (日本生殖補助医療標準化機関)※に加盟する際に、品質管理のための仕組みを勉強して学んだことがきっかけです。患者さんの満足度を上げるためには、まず患者さんからインプットを得る必要があると考え、アンケートを導入しました。そのため、アンケートの結果だけでなく、治療のための設備や、いただいたご意見も積極的に公開するようにしています。
患者アンケートの結果の公開レポート(絹谷産婦人科HPより)
院内の設備紹介のページではメーカー名まで掲載されている(絹谷産婦人科HPより)
不妊治療は患者さんと一緒に闘うもの。治療開始後にミスマッチを避けられるよう、初診前に説明会を実施している
―ここまで、患者さんに対する想いを聞かせていただきました。逆に、不妊治療の患者さんに、お願いしたいことはありますか
過去には、不妊治療を開始した後に、当初の想像と違うと感じられてしまうミスマッチが課題としてありました。このようなミスマッチを少しでも減らすために、当院では初診前に不妊治療の内容と心構えについて2時間半程度、患者さんに説明をする場を設けていますので、その説明会に参加してほしいです。この説明会の取り組みを始めたことで、患者さんとの認識を揃えて治療に取り組むことができ、結果としてミスマッチも随分と減りました。説明会の準備はなかなか大変ですが、ミスマッチを防ぐために一生懸命準備しています。
―説明会での不妊治療の心構えについては、具体的にはどのようなお話をされているのですか
まず、不妊治療に取り組んだとしても、必ず妊娠できる訳ではないことをお伝えしています。また、妊娠できなかった時にどうしてダメだったのか、知りたくなる気持ちはとてもよく分かりますが、残念ながら現在の医療では正解がないことも多くあります。患者さんは「ブラックボックス」の中で選択を迫られ、決断をしていかなければならず、その難しさに向き合う必要がある、ということをお伝えしています。
今後も、新たな治療の可能性には積極的に挑戦していきたい
―今後の治療に対する抱負を教えてください
治療結果をさらに改善する可能性がある新技術は、なるべく取り入れていきたいと考えています。不妊治療は日々進歩しており、現在もPGT-Aやタイムラプスなど、新たな治療法が導入されています。これらの症例数を増やし、効率性やコストの最適化にも取り組みたいですね。というのも、自分が不妊治療を受ける患者さんだった場合に、新しい治療法や最新の設備を試したいと思うからです。また、不妊治療を専門にしている施設数は未だ十分でないことから、他県の患者さんも受診してくださっています。そのような患者さんのアクセスを改善することができると、今不妊治療を受けようか迷っている患者さんの背中を押すことができるかもしれないですね。色々な可能性はありますが、今後も患者さんと向き合いながら、治療に取り組んでいければと考えています。
治療成績についても患者の症例の詳細が細かく紹介されている
<編集部の想い> 不妊治療を受ける患者さんとどのように並走していくか、という問いに一貫して向き合っておられ、そのための様々な工夫や取り組みについて教えていただきました。ご自身の専門を決められる際に、「生殖医療専門医ならば続けられると思った」とおっしゃっており、生殖医療専門医に「なる」ではなく「続けられる」という言葉に、この難しい医療に向き合い、全うされる覚悟を感じました。インタビュー中、ひとつひとつの質問に対して慎重に言葉を選びながら丁寧に回答してくださったところも印象的でした。患者さんに対する思いやりと優しさ、治療に対しては厳しく真摯に向き合う先生のお人柄が伝わってきて、とても充実した時間を過ごさせていただきました(取材担当者:市川友希 )。